床暖の押しつけ的温度の欠点

2011.10.21

背負っていられないし、移動するたびに動かしたんでは危険すぎる。考えてみると、冷暖房くらい進化の跡がみられないものはないんじゃなかろうか。部屋全体を暖めるか冷やすか、なのだから、いまだにね。それにしてもと、僕は毎年コオロギのすだく声を聞きながら思うのである。夏の暑さを冬のためにとっておけないものか、あるいは冬の寒さで夏の猛暑を掻き回せないものかと。核兵器など考える暇と金があるんなら、どうにかなるんじゃないのか、その辺のところがとね。

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石油の枯渇する百年先から現代を振り返れば「そんなにじゃんじゃんと無駄なエネルギーを使えるほど偉いのかよ、そんなタマか。さて、僕の個人的な嗜好から言えば、床暖房はモアーとしていて性格に合わない。札幌で育ったせいか、冬に部屋全体がボーとぬくいというのはどうしても馴染めない。どうしてかというと、あつかましいのである、床暖は。たとえば、部屋に人間が五人いたとする。しかし五人とも好みの温度は違うはずで、他の器具なら暖房からそれぞれ勝手に好みの距離をとって温度を選べるが、床暖房だとそれができない。逃げがきかないのだ。ここに床暖の押しつけ的温度の欠点がある。それとやっぱり、その人の主観から暖房を考えるべきである。